演出熊林弘高
■COMMENT
今まで自分は人の暗部や闇、社会の記憶などを描き、それに向き合っていく作品に惹かれてきました。
“過去は死なない 過ぎ去りさえしない” W.フォークナー
「私とは何者なのか」…人は何らか自分自身を演出しています。が、自分の本質を理解しない限り、本当の意味で人と人は結びつくことは出来ないと思います。『インヘリタンス-継承』に「癒すか、燃やすか」という台詞が出てきます。自分を成り立たせているもの、つまり自分の過去に(たとえ痛みが伴おうとも)向き合うこと。そうしなければ、次の一歩に踏み出せない、人と人が互いに理解しあうことは出来ない…『インヘリタンス-継承-』の最後で語られる「過去、現在、未来が一つに繋がる」という大きなテーマにつながる一言です。
もう一つの魅力は、一義的な視点ではなく、多様な視点で語られていることです。『インヘリタンス-継承-』で描かれている沢山の会話は、加害者や被害者、白人や黒人、リベラルと保守、さまざまな背景をもつ人々の言葉で紡がれます。次の世代に「継承」されるものも「正」とされることだけではありません。
”良い芸術作品は、質問を与えるだけだ”というピーター・ブルックの言葉があります。古びない作品は質問を投げかけるだけで、答えを与えてくれるものではない。この作品でも様々な視点を投げかけてくれる。それがすごく面白いと思います。
そして、俳優の皆さんにはこの作品を選択してくれた勇気に感謝しています。
初めましての方もお久しぶりの方もいますが、題材も6時間半という長さも相当な覚悟がいる作品です。これから始まる創作が楽しみでなりません。(談)
─── PROFILE 1977年生まれ。北九州出身。高校卒業後上京し、TPT(シアタープロジェクト・東京)に参加、制作などを担当する。デビッド・ルヴォー、ロバート・アラン・アッカーマンら世界的演出家の薫陶を受け、2002年ストリンドベリ作『火あそび』で演出家デビューを飾る。その後、『かもめ』(チェーホフ作)、『いさかい』(マリボー作)、『バッカイ』(エウリピデス作)などを手掛ける。2010年、東京芸術劇場にて上演したジャン・コクトー作『おそるべき親たち』(佐藤オリエ、麻実れい、中嶋朋子、中嶋しゅう、満島真之介)の演出で圧倒的な評価を受け、毎日芸術賞千田是也賞を受賞、作品は文化庁芸術祭演劇部門大賞を、主演の麻実れいが読売演劇大賞最優秀女優賞を受賞した。TPT解散後、フリー。勉強会から始め、深く戯曲を読み込むスタイルで、一本一本を丁寧に演出する。選び抜いた作品を年1作品のペースで演出し、寡作の演出家として知られる。名だたる名優から切望される演出家のホープ。東京芸術劇場とは、2015年『狂人なおもて往生をとぐ』 (福士誠治、緒川たまき、門脇麦ほか)、2016年チェーホフ『かもめ』(満島ひかり、坂口健太郎、中嶋朋子、田中圭、佐藤オリエほか)、2018年シェイクスピア『お気に召すまま』(満島ひかり、坂口健太郎、満島真之介、温水洋一、中村蒼、中嶋朋子ほか)、2021年『パンドラの鐘』(門脇麦 金子大地 松尾諭 柾木玲弥ほか)等。2022年1月には日生劇場『INTO THE WOODS』でミュージカル初演出。